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岐阜で一息。

5月16日、映画の打ち合わせを岐阜で行うこととなった。岐阜在住のカメラマン柴田さんとプロデューサーの棚橋さんも岐阜出身。

打ち合わせは築100年の紙問屋の屋敷をカフェにした「空穂屋(うつぼや)」。

世界47か国を旅したオーナーの収集された骨董がぎっしり並んでいる。

アンティーク家具を並べたカフェスペースでおいしいコーヒーと手作りドーナッツを頂く。

打ち合後向かったのは玉宮通り。あたかも昭和居酒屋街に見えるが未だ20年の歴史である。この通りは、かつては絹織物や繊維問屋の商店で賑わったが繊維業衰退に伴い廃れてしまった。それが近年居酒屋が出来て若い人が集まるようになり飲み屋がどんどん増えたのだという。

昭和の有名な「柳瀬通り」はすでにシャッター街となって長いらしい。日本の高度経済成長や技術発展によるバブルは弾け、出生率が減り衰退を辿り、その荒波に飲み込まれた地方都市は全国あちらこちらに存在する。シャッター通りを見るたびに日本の国力の衰えを実感させられる。

カメラマンの柴田さんの粋なはからいで、長良川の鵜飼いを川端で見学した。インドのダルさんも岐阜のお宅に帰る途中、飛び入り参加。

心地よい風が吹き、夜のとばりの中のかがり火は幻想的で美しく、遠く平安時代の空気まで運んでくる。このような文化を今も守り続ける日本はなんて素晴らしいのでしょう。

織田信長は日本の技術と伝統をこよなく愛し、鵜飼いもその一つだった。彼にとっては単なる娯楽ではなく、大切な客人への最高のおもてなしが鵜飼いだった。彼が重要な日本文化として鵜飼いを保護しそれが現代に続いているのです。

柴田さんの最高のおもてなしが心に沁みました。感謝します。

翌朝、紙の大仏として有名な正法寺を訪ねた。この大仏様は江戸時代後期に、相次ぐ大地震や大飢饉で亡くなった霊を慰め民衆を救済するために作られた。竹を編んで年度を塗り美濃和紙を貼り付けて漆と金箔で仕上げたもの。ここまで巨大なものを38年かけて完成させた日本人の粘り強さと信仰心には驚くものがある。

優しい表情にもとても癒され、一息ついた岐阜の旅を終えました。

 

 

 

 

 

 

 

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